運動不足による肥満が原因で関節を痛め、外に出ることが億劫になったおばあちゃん。家の中にひきこもり、認知症が進み、本人も介護する家族もボロボロになっていく。そんな姿を見ていた山田さんは「高齢者に運動習慣を。元気に長生きしてほしい」という思いを強く持ち、大手スポーツクラブに就職。しかし、実体は「ここは運動する人が通う場所。運動しない人に新たに運動習慣を築くような仕組みも、それを構築しようとする人もいない」とモヤモヤしていた。
そんなとき、運命的に出会った会社がある。「人とITのちからで、健康寿命を伸ばす」というパーパスを掲げ、運動指導だけでなく、ITによる顧客管理・運動習慣の促進をねらっている新興スポーツクラブだ。まだ2店舗しかないベンチャー企業だが、山田さんは「高齢者に運動習慣を。元気に長生きしてほしい」という自身のパーパスとシンクロしたこの会社に転職を決めた。
そして期待を胸に入社した初日。いきなり出鼻をくじかれる。顧客獲得のためのチラシ配布、SNS更新、体験イベントなど、大手スポーツクラブにいた時とまったく変わらない業務。違うのは平均年齢の若さと勢い。「健康寿命を伸ばすための施策は?」と気になり上司に聞いてみると「うちはベンチャーだしガツガツ営業しないと食っていけない。大手とは違うんだよ」と言われる始末。この時点で違和感を得たが、面接時に社長から聞いた「うちはITを駆使するのが特徴。スポーツクラブに通うことをどこよりも習慣化させる」を信じ、もう少し様子を見ることにした。
事務所のホワイトボードには「会員獲得目標〇人。現在〇人」と目標が掲げられ、毎日の朝礼で数字をチェックする。それだけにとどまらず「あなたは今日1日、目標達成のために何をするの?」と必ず問われる。山田さんの中では「会員獲得も大事だけど、健康寿命を伸ばすことは考えないの?」と疑問が膨らむばかり。日々、モチベーションが下がり、表情が暗くなっていく山田さん。すると社長が声をかけてくれた。
「山田さん、最近表情が暗いけど何かあった?大丈夫?」と聞かれ、山田さんはこう答えた。「私は “人とITのちからで、健康寿命を伸ばす” というパーパスに惹かれて入社したんですが、実際はパーパスとは程遠い、前職と変わらないスポーツクラブの運営業務。ITを駆使したチャレンジもないし、やりがいを感じないです…」
すると社長はこう答えた。「そっか。確かにそれはやりたいことだけど、まずは会社を大きくしないとIT投資もできないし、10店舗、20店舗と会社を大きくすることが先だよ。会員さんが増えないとシステム開発の投資を回収できない。会社は社会貢献じゃないんだから、儲からないとキレイごとは言えないんだよ」。
この一言で会社への気持ちは切れた。「健康寿命を伸ばす、はキレイごと??」
世の中を見渡せば、キレイごとを掲げるだけでなく実現していっているベンチャー企業はある。「キレイごとと利益は両立できる。それをこの会社は目指さないんだ...」と山田さんは幻滅してしまった。
「人とITのちからで、健康寿命を伸ばす」というパーパスはほんとうに素晴らしい。でも、そのパーパスと乖離した経営判断を積み重ねていると「結局口だけか」と社員から見切られる。いま、多くの会社が流行りにのって「パーパス」を策定していますが、これまでの経営理念(例えばMVV)と同様に「お題目として掲げただけ。キレイごと。以上」という悲しい状況です。
ご紹介したケースのように、パーパスを掲げることで「社員から見切られる」その先に「大量離職」といった最悪のシナリオも待ち構えていますが、そんな危機的状況は起きない会社の方が多いです。では多くの会社で何が起きているのか?
それは「無風」です。パーパスを掲げた会社の社員から、こんな声を何度も聞きました。「また経営陣が何かやってるけど、どうせ会社は何も変わらない。結局売上と利益を追うだけでしょ」。コンサルに多額の費用を支払い、大勢の社員を巻き込み、新しいCMを制作し、、、パーパスの策定と発表に、会社として少なくない投資をしている筈です。しかし結果は「無風」。会社を今すぐ壊さないだけマシかもしれませんが、長期的にみると「経営陣の信頼を失った最悪の施策の1つ」になるかもしれません。
パーパスによって追い風を起こし、風にのってスピードを上げるにはどうすればよいのでしょうか?答えは簡単です。あらゆる経営判断をパーパスに基づいて決めることです。決め続けることです。
A会社では、既存事業をパーパスに基づいたかたちに変革することを決めました。さらに、パーパスを体現できる新規事業を作るために新規事業開発室を設けています。これまでは営業の強い会社でしたが、新規事業のためにエンジニアの採用を増やし、これまでは社内に2割しかいなかったエンジニアを6割に増やす経営判断をし、採用活動を積極的に行っています。社内でもエンジニアへのキャリアチェンジに手を挙げる人も増え、明らかに会社の雰囲気が変わってきています。
B会社でも同じく変革を目指していますが、A社ほど大きな変革が難しい状況。これまでの安定的な事業と組織文化から「簡単に変われない(チャレンジが苦手)」な社員ばかり。そこで、変革に向けてまずは「小さなチャレンジから慣れていくこと」を目標に、パーパスに基づいた教育・目標設定・評価に手を加え、小さなチャレンジを起こしやすい環境を作っています。
A社とB社は変革のスピードこそ違えど、社員からは「社長はパーパスの体現に本気だ。自分もパーパスに共感しているし、一緒に挑戦したい」という声が聞こえてきます。
社会課題の解決と事業変革を両立させるパーパス経営。これは非常にハードな道のりです。その道のりを歩むには、パーパスに共感した仲間たちが必要不可欠。そのために経営陣の覚悟と、パーパスに基づいた経営判断の積みかさねが最も重要です。本当にハードな道のりですが、持続可能な地球を次世代に引き継ぐために、頑張っていきましょう!私も頑張ります!