AI関連の事業で創業したA社。流行りにのっていたので最初は順調に成長してきたが「このまま流行りは続くのか?」という不安がある。さらに競合の増加、組織拡大によるマネジメントの難しさで「成長速度が鈍化」しつつある。
そんなA社だが、実はAIだけでなく、複数の事業がある。
社長のSNSがバズったことから「うちのアカウントも伸ばしてよ」とお客様から頼まれて立ち上げたSNSマーケティング事業。SNSマーケティング事業でお世話になっているインフルエンサーと共同で立ち上げた化粧品事業。さらには知り合いの経営者からすすめられて始めた不動産事業、利益は出ていないが社会貢献目的でやっている植林事業がある。
そんなA社だが、お客様から「御社の専門領域って何ですか?」と聞かれたときに、社員は答えに困る。また社員からは「社長の気分で新規事業が生まれたり消えたり、正直ストレスです」という声がもれ聞こえてくる。
中小企業が複数の事業を行っていると、力が分散する。力とは、経営者がその事業に割く時間、社員の数(ここでの知識や経験の蓄積が後々効いてくる)、資金など。同規模の会社が1つの事業に集中していたら絶対に勝てない。勝てなければ社内の雰囲気も微妙だ。社員は専門性が高まらず、市場価値はイマイチ。これが続くと「転職」を考えるだろう。そんな会社に「入社」を考える人はどれだけいるだろうか?
脈略のない多角経営は「尖った角」のない、特徴のない、まるい会社だ。
じつはこんな状態からパーパス経営にチャレンジする会社は少なくない。経営者は「このままじゃうちは立ち行かない」と危機感を持っている。だからパーパスに惹かれる。
パーパスは「独自の価値提供×社会的な意義」を言葉にする。パーパスを体現しようと努力すれば「尖る」ことができるのだ。
ここで少しA社の社長について話をしよう。社長はシングルマザーの貧しい家庭で育ち、幼少期は小さなボロアパートで暮らしていた。友達のマンションや一軒家に遊びに行くたびに「自分もこんな大きくてあたたかい家に住みたい」と思っていた。
あの時から30年。日本では「空き家」という社会課題がある。空いている家が沢山あるのに、いまだに小さなボロアパートで暮らす人も多くいる。そのほとんどは薄い壁、薄いガラス窓で、冬場は本当に寒い。なぜか「空き家」と「人」がマッチングしていないのである。
社長は自身の原体験と、「空き家」という社会課題を「見て見ぬふりはできない!」と思った。そこで「AIを活かして空き家の調査・リノベーション・居住者のマッチングを図れないか?社会のためにAIを活かせないか?」と考えるようになった。
そんなA社だが、5年前から「感動を届ける」というミッションを掲げていた。しかしこれでは「感動を届けるものであれば、なんでもアリ。実際、いろんな事業を始めてみた結果がこれだ。力が分散してどの事業も極められず、社会にあってもなくても誰も困らない会社=存在意義のない会社になってしまったのである。
この反省からA社は新たな経営理念を策定した。ミッションは廃止し、「コネクティングAIで、日本中の家庭にぬくもりを」というパーパスを掲げた。
パーパスは「独自の価値提供×社会的な意義」を言葉にする。と説明したが、A社のパーパスはまさにこの構造になっている。
「コネクティングAI」が「独自の価値提供」を指す。A社はこれまで培ってきたAIの技術をコネクティング(連結)に特化させ、独自のAI開発とその活用にすべてのリソースを投下することに決めた。
では、その「独自の価値提供」で何を成すのか?それが「日本中の家庭にぬくもりを(社会的な意義)」だ。社長の原体験にある「住居」の課題もそうだが、家庭がぬくもりを失う原因は「コミュニケーション、学校、仕事、お金」など様々だ。まずは「住居」から入るが、将来的には「家庭に関わる社会課題をコネクティングAIを活用して解決する」という想いがある。
「コネクティングAIで、日本中の家庭にぬくもりを」このパーパスを体現していけば、唯一無二の「社会になくてはならない存在」になれる。これがパーパス経営の真髄だ。
そしてA社は事業ポートフォリオを見直すことにした。
パーパスと直結しないSNSマーケティング事業、化粧品事業は売却。AI事業と不動産事業は統合し、コネクティングAIの開発とそれを活用した不動産マッチングに特化した事業に絞ることにした。(植林事業はNPOに運営を委託。営利事業としての挑戦はやめた)
一部、事業売却と共に離れた社員はいるが、9割の社員は残り、この改革に賛同してくれている。「やっと何屋か自信をもって話せるようになった。この分野で専門家になりたい!」とモチベーションも高まっている。この先、A社(とその社員)は専門性を磨き、唯一無二の存在として輝きを増していくことでしょう。
以上、パーパスをもとに「事業を整理したい」と考える経営者の参考になれば幸いです。 ※この物語は実話をもとに発想したフィクション(架空の物語)です。